■畳の大きさの基本になったたたみ

13、4世紀の鎌倉時代にはいって、たたみがへやのかべぞいにぐるっとしきつめられるように なります。そして、14.5世紀の室町時代になると、今のように、ゆか全体にたたみをしきつめたへやも出てきます。

武士の暮らしは、平安時代の貴族のようにのんびり平和ではあり ません。お客さまだ、お祭りだ、と年じゅう家のもようがえなどし ていられません。家のつくりはそれまでの広いワンルームから、ね るへや、食事のへや、客間というぐあいに、かべや引き戸で小さく 区切るつくりこ変わります。小さなへやにばらばらにたたみをおい たのでは、歩くにも、そうじするにもふべんですし、見た目も美し くありませんでした、稲やイグサの生産がふえて、たたみがたくさんできるようになったせいもある でしょう。

 へや全体にしきつめるには、たたみの長さや厚さがそろっていな いとこまります。

 いつから始まったのかははっきりしないのですが、16世紀の終わ りごろには、京都地方に規格サイズのたたみがあらわれ、尺貫 法でいうと長さがら6尺3寸(約190センチ)幅はちょうどその半分 、つまり たて横の比が2:1の長方形で、厚さは5センチちょっ とあり今わたしたちが使っているものよりだいぶ大きいたたみです。  たたみのサイズに規格ができると、材料を切る仕事もらくですし 分業もしやすくなって、たたみの生産量はふえました。それだけ多 くの人がたたみを使えるようになります。こうして、京都を中心に 関西地方に広がった規格サイズのたたみを京間といいます。

 規格サイズのたたみをしく家がふえるにつれ、へや全体にきっちりたたみをしきつめるには、たたみの寸法と、 へやの寸法がうまく合わねばなりません。関西の大工さんは、規格 サイズのたたみに合わせて家を建てる方法を考えました。6まいと か、8まいとか、きりのよい数のたたみをならべてできる四角形の 外がわに、それに合わせて柱を立て、かべを作っていくという設計 法です。一定の規格のたたみに合わせて柱を立てますから、柱と柱 の間隔や、その間に組みこまれる引き戸やまどの寸法にも、しぜん にきまりができてきました。たたみを基準にして住宅のいろいろの 部分の寸法を割りたしていくやり方を、たたみ割りといいます。

こうして、まず関西地方の住宅に、どこの家にも共通するバランス よくととのった美しいへやが生まれ、やがて、その室内で使 われる火ばちやたんすなどの家具にも、へやと調和のとれるきれい な形が生まれてきました。

 このように、たたみは、その後の日本の伝統的な住まいに、とて も大きな影響をあたえることになリました。たた、まだこのころは、 たたみの暮らしは裕福な人びとのもの、一般にはむしろの暮らしが ふつうでした。

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