■今のたたみ、これからのたたみ

 ところで今、たたみはどうなっているでしょう。たんすや茶ぱこ、テレピやステレオなどをのせられて、 どけるのがめんどうだからと、なかなか手入れもしてもらえません。いすのあしがひっかかると、ピニー ルござをかぶせられるしまつです。

 コンクリ一トや新建材の家は、造りや基準の寸法がまちまちで、マンションなどには、長さが160セン チぐらいしかないたたみが入っていたり一つのへやにいろんな寸法のたたみが入っていることもめずらし くありません。柱やしょうじとともに、美しい調和を作りだしていたたたみ、人間的な広さの単位をあら わしていたたたみの面目がまるつぶれです。

 たたみどこにする?いいわらも、手に入りにくくなりました。稲を根もとから上でかって、たいせつにほ したむかしとはちがって、今は、コンバインが米つぶを取ったあとの稲わらをさくさくきざんでしまいま す。

 そのため、最近はプラスチックのたたみどこがふえました。発砲体といって、小さなあなのたくさんあ いたプラスチックです。軽くて運びやすく、湿気に強い、ダニがわきにくいなど、いい点もありますが、 コツンと当たる感じがして、わらどこの持つ、かたくてやわらかいあの微妙な感触がありません。足音や 振動をすいこむ力も今のところわらにはかないません。たたみにとっては、とても気の毒な時代になりま した。

 それでは、わたしたちの住まいから、やがてたたみはなくなってしまうのでしょうか? どうもそうで はなさそうです。

 おとなたちは、忘年会はやっぱりたたみの上でなきゃ、といいます。

 家を建てるとき、ほとんどの人が、一つだけはぜひたたみのへやを作リたい、というのは……。やっぱ りたたみがいいからです。 日本に南北に長い国で、気候もバラエティーがあります。赤道直下はどでに ないにしろ、夏にそうとうに暑く、しがも冬はけっこう寒いのです。そして、北海道や、冬の太平洋がわ をべつにすれは、おおむね湿変の高い国ですから、日本人のしきものに、暑さと寒さと湿変の三つにこた えてくれなくてはなりません。たたみにこの三つに乎均してこたえてくれる、住まいの一部です。 そのたたみのすぐれたところを、りくつぬきで、日本人のはだが知っているようです。

 それにたたみのへやに、自由なしせいでくつろけます。一日じゅうこしかけづめで事務をとる人、歩き づめのセールスマン、立ちづめの店員さん……。現代に、〇〇づめの仕事がなんと多いことでしょう。わ が家に帰ったら、思いっきり自由にす足をのばして、たまには、でんぐリ返しもやってみたい!  ところが、そのわが家に今……、あっちもこっちも家具でいっはい、平らなところがありません。なん となくかっこうよさにあこがれて、ソファーやリピングセットやベッドを買いこんだのは、どうやら失敗 だったようです。

 ヨーロッバでも、もういすをたくさんならべるのにやめにして、じゅうたんの上に足をのはしてくつろ ごう、と提案する建菓家が゛います。のびやかなゆかは、いすの文化の国の人にも魅力のようです。

 ひとりでも大勢でも、むかしの作法にこたわらす、ゆかの上にすきなかっこうですわるとき、これほど 自由なへやはありません。何人お客がこようと、いすのたりなくなる心配もありません。

 ただ、いすの暮らしがしみこんで、住まいの構造も一日のすごし方も変わった今、むかしとそっくリ同 じたたみのへやにもどすというのは無理でしょう。

 もう一変たたみの感触をとりもどし、心地上い住まいを作るには、ひとくふうが必要です。

 ある人は、リピングル―ムの一角にゆかを一段高くして、そこにたたみをしいてみました。ざしきほど 広くはないけれど、かべでかこまれていないだけ、ぐっと広く感じます。

 ある人は、リピングル一ムからソファーとリピングチェアを追い出して、かわりにたたみを4まいおき ました。
 三角形のたたみを作って、板張りのゆかにいろんな、ならべ方をして楽しんでいる人もいます。寝殿造 りのころの、おきだたみのアイディアです。

 いくらたたみがよくても、たんすや本ぱこがところせましとのっていては、ぶちこわしです。いっその こと、たたみを張ったふたつきの大きなはこを作って、衣類や古本は中にしまって、はこの上で広びろ暮 らそうよ、と提案する人もいます。

 そう、たたみは平安時代のおきだたみのように、いや、もっと自由にいろいろな使い方のできる家具と して、ざしきでもないけど、いすでもない、ただ気持ちよく人間を受けとめてくれる家具として、ふたた び生まれかわりそうです。

 わらのたたみどこが残るか、プラスチックのたたみどこにかわるか、これはむすかしい問題です。プラ スチックどこは、千年あまリの歴史を持つわらどこにくらべれぱ、まだ生まれて20年の1年ぱうすです。 まだまだ改良されるでしょう。あちこち動かして使うには、軽くていいかも知れません。

 でも、どんなにすぐれた化学せんいが出まわっても、木綿とウールはなくなりませんでした。人間のは だは、自然の素村がすきなのです。わらどこの、あの徴妙な感触と、自然をたいせつにしようと思う人が ふえるなら、やっぱりわらどこは残るでしょう。稲わらをきざむことなく、きれいにかりとるコンバイン はすぐできます。

 400年まえ、たたみは日本人の住まいの基準となりましたが、今度は新しい住まいに応じて、たたみが 変身する番です。

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